2024年12月12日、SNSのタイムラインに「マチュー・ブレイジィ(Matthieu Blazy)がシャネルのアーティスティック・ディレクター就任」の速報が踊った瞬間、編集部はざわめきました。
ボッテガ・ヴェネタで革新を起こした40歳の才人が、ラガーフェルド亡き後の空席をついに埋める──
このニュースは、長らく“無人運転”と揶揄された名門を再びファッション首都の中心に引き戻す号砲と言えます。
ブランドの原点は1910年、ガブリエル“ココ”・シャネルがリュ・カンボン21番地に開いた帽子店〈CHANEL MODES〉。
コルセットを拒む軽やかなジャージードレスは、女性の身体と社会を同時に解放しました。パリの劇場女優たちが被ったその帽子は、ただのアクセサリーではなく“自由”の象徴だったのです。
第二次世界大戦中の休業とナチ協力疑惑でブランドは一時閉店。
しかし1955 年、ココはツイードスーツと2.55バッグでカムバック。
柔らかなツイードに鎖のショルダー──
当時の硬質な“ラグジュアリー像”を覆すプロダクトは、メゾンのDNAに「反骨」を刻みました。
1983 年に就任したカール・ラガーフェルドは、CCロゴをストリートへ解き放ち、ランウェイを都市スケールのショーへ進化させます。
ブティック網が拡大し、年間売上は数億ドル規模から100億ドル超へ──
彼の演出力は、シャネルを“体験経済”のフロントランナーに押し上げました。
2019 年に指揮を継いだヴィルジニー・ヴィアールは、刺繍やリボンに詩情を宿すコレクションで確かな実績を残します。2023 年の売上は197億ドル(前年比+16%)、営業利益64億ドル──“ポスト・カール”は数字で結果を示しました。
しかし24年6月、突然の退任。後任探しが“時代の観測ゲーム”と化し、ブランドは約7か月“船頭不在”に。
シャネルは25年シーズンより、ブレイジィがオートクチュール、プレタポルテ、アクセサリーすべてを統括すると発表。
ベルギー流の構築的シルエットと素材探求癖を持つ彼が、ツイードやカメリアという“聖域”にどう手を入れるのか──
ファッション界最大の実験が始まります。
シャネルはSBTi検証済みの「Net-Zero 2040」を掲げ、サプライチェーン含む温室効果ガスを90%削減(残余10%は自然由来吸収)という野心を共有しました。
リペア拠点「& Moi」のグローバル展開や海運比率80%への転換といった施策は、“オートクチュール=一生物”という思想を環境文脈で再定義する試みです。
・2023 年:売上19.7 bドル/+16%、オペレーティングマージン約32%
・2024 年:売上18.7 bドル/▲4.3%──中国の需要鈍化が直撃。それでも投資額は前年並みの18億ドル、新規48店舗の約半数を米中に配置する攻めの布陣です。
価格改定は年平均8%ペースで継続。
足元のインフレ環境下では“適正価格”と“希少価値”の境界線が試されます。
シャネルを語るとき、語り手は往々にして“歴史”と“神話”の間で言葉を失います。
しかし今回の人事とNet-Zero戦略は、メゾンが「過去の再解釈」に安住しない意志の表れです。
ツイードに生成AIで織り込むパターン、アトリエの手仕事とリサイクル素材の共存──ブレイジィの持ち味が発火点になれば、ラグジュアリーは「時間を超える工業製品」から「循環する文化資産」へと進化できるかもしれません。
シャネルの次のショーが鳴らす一歩目のヒール音を、世界は固唾を飲んで待っています。
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